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神戸地方裁判所 平成7年(ワ)113号 判決

原告

杉本隆男

被告

五百蔵達仁

ほか一名

主文

一  被告らは、原告に対し、連帯して金一三六万五四四七円及びこれに対する平成四年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、連帯して金六一六七万一二四六円及びこれに対する平成四年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、後記交通事故(以下「本件事故」という。)により傷害を負つた原告が、被告五百蔵達仁(以下「被告五百蔵」という。)に対しては民法七〇九条に基づき、被告山村硝子株式会社(以下「被告会社」という。)に対しては自動車損害賠償保障法三条に基づき、損害賠償を求める事案である。

なお、付帯請求は、本件事故の発生した日から支払済みまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金である。

また、被告らの債務は、不真正連帯債務である。

二  争いのない事実等

1  交通事故の発生

(一) 発生日時

平成四年一〇月一五日午後二時ころ

(二) 発生場所

兵庫県加古郡稲美町蛸草六三四番地先 信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)

(三) 争いのない範囲の事故態様

原告は、軽四輪乗用自動車(神戸五〇す六二六二。以下「原告車両」という。)を運転し、本件交差点を西から東へ直進しようとしていた。

他方、被告五百蔵は、普通乗用自動車(神戸五四る四九七九。以下「被告車両」という。)を運転し、本件交差点を南から北へ直進しようとしていた。

そして、原告車両の右前部と被告車両の左前部とが衝突した。

2  被告会社の責任原因

被告会社は、被告車両の運行供用者である。

三  争点

本件の主要な争点は次のとおりである。

1  本件事故の態様及び被告五百蔵の過失の有無、過失相殺の要否、程度

2  原告に生じた損害額

四  争点1(本件事故の態様等)に関する当事者の主張

1  被告ら

被告五百蔵は、本件交差点の手前で、一時停止の道路標識にしたがつて一時停止をした後、本件交差点に進入した。他方、原告は、進路前方の安全を充分に確認せず、本件交差点に進入した。

また、本件事故の直前、被告車両の方が先に本件交差点に進入していた。

したがつて、本件事故は、原告の一方的過失によつて生じたもので、被告五百蔵には過失はないから、被告らは損害賠償責任を負わない。

なお、仮に、被告五百蔵に何らかの過失があるとしても、本件事故に対する原告の過失の割合は少なくとも四割を下回ることはない。

2  原告

原告は、本件交差点の手前で、一時停止した被告車両及び他の先行車両を確認し、ゆつくりとした速度で本件交差点に進入した。他方、被告五百蔵は、本件交差点の手前で、一時停止をしたものの、原告車両を認識することなく、突然本件交差点に進入してきた。

したがつて、本件事故は、被告五百蔵の一方的過失によつて生じたもので、原告には過失はない。

五  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

六  本件の口頭弁論の終結の日は平成八年一二月一九日である。

第三争点に対する判断

一  争点1(本件事故の態様等)

1  検甲第一号証の一ないし四、乙第一号証、検乙第一ないし第六号証、原告及び被告五百蔵の各本人尋問の結果によると、本件事故の態様に関し、前記争いのない事実の他に、次の事実を認めることができる。

(一) 本件交差点に至る東西道路及び南北道路は、いずれも、片側各一車線、両側合計二車線の幅員合計約五・八メートルの道路である。

また、北行き道路上には、本件交差点手前約六メートルのところに、一時停止の道路標識がある。

さらに、原告車両の進行してきた本件交差点の西側と被告車両の進行してきた本件交差点の南側との間は田であり、相互の見通しは良い。

(二) 被告五百蔵は、被告車両を運転し、本件交差点の南から北へ直進すべく、右一時停止の道路標識にしたがつて一時停止をした。

そして、前方である北からトラツクが本件交差点に向かつてきているのを認めつつ、本件交差点に向かつて徐行して進行を開始した。その後、右トラツクが左折の方向指示器を出し、その前輪が東側に向いたので、北へ直進しようとする自車の進行とは無関係であると判断し、本件交差点の直前で右側である東を確認した後、本件交差点に進入したところ、原告車両と衝突した。

なお、被告五百蔵は、本件事故の前には、原告車両の存在をまつたく認識していない。

(三) 他方、原告は、原告車両を運転し、本件交差点を西から東へ直進しようとしていた。

そして、本件交差点の手前で、北から本件交差点に進入しようとしているトラツクと、南の一時停止線で停止している被告車両を認め、自車を時速約二〇キロメートルに減速した。そして、右トラツクが本件交差点の北側で一時停止することなく本件交差点に進入し、左折して東へ進行したので、原告は、被告車両が停止し続けるものと速断し、本件交差点手前で少し自車を加速させたところ、被告車両と衝突した。

2  ところで、車両等は、交差点に入ろうとするときは、当該交差点の状況に応じ、交差道路を通行する車両等に注意して、できる限り安全な速度と方法で進行しなければならない(道路交通法三六条四項)。また、一時停止の道路標識は、一時停止すること自体が目的ではなく、一時停止した上で当該交差点の状況を正確に把握し、安全を確認することが目的であることはいうまでもない。

そして、被告五百蔵は、前記のとおり、本件交差点手前の道路標識にしたがつて被告車両を一時停止させているが、本件交差点に入る直前には前方及び右方のみを確認し、左方の確認を怠つて原告車両との衝突に至るまでまつたくこれを認識していないのであるから、同被告に過失があることは明らかである。

他方、原告も、本件交差点の約六メートル手前で一時停止している被告車両を認識しながら、北から本件交差点に進入して左折東進したトラツクに続いて漫然と本件交差点に進入しており、被告車両の発進する状況をまつたく把握していないから、原告にも過失があることは明らかである。

そして、右認定事実にしたがつて原告と被告五百蔵の過失を検討すると、一時停止の道路標識がありながら、左方の確認義務をまつたく尽くさなかつた被告五百蔵の過失の方がより大きいというべきであり、具体的には、本件事故に対する過失の割合を、原告が二五パーセント、被告五百蔵が七五パーセントとするのが相当である。

二  争点2(原告に生じた損害額)

争点2に関し、原告は、別表の請求欄記載のとおり主張する。これに対し、当裁判所は、以下述べるとおり、同表の認容欄記載の金額を、原告の損害として認める。

1  原告の傷害、入通院期間、後遺障害等

(一) まず、原告の損害額算定の基礎となるべき原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容等について検討する。甲第二、第三号証、第六号証の一ないし一一、第七号証の三ないし一〇、第八号証、第九号証の一ないし二〇、第一〇号証の一、二、乙第二、第三号証、第四号証の一ないし四、第五号証の一ないし三、第六ないし第一一号証、証人阿部修治の証言、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨によると、この点について次の事実を認めることができる(なお、前記甲号証と乙号証とは、重複して提出されているものが多数ある。)。

(1) 原告は、本件事故後、救急車で私立稲美中央病院に搬入され、頭部挫創、頭部外傷Ⅰ型、両肩・左上腕打撲、右顔面擦過傷、頸椎捻挫の診断を受け、頭部の縫合を受けた。

また、原告は、同病院に平成四年一〇月一五日から平成五年一月二〇日までの九八日間にわたつて入院した。

そして、この間、頸部痛が持続したため、MRI検査が施行されたところ、第五・第六頸椎間及び第六・第七頸椎間の椎間板突出、脊髄圧迫が認められ、症状の改善が思わしくないため、国立加古川病院で精査することとなつた。

(2) ついで、原告は、国立加古川病院に通院し、平成五年七月一四日から同年八月二〇日までの三八日間は、同病院に入院した。

なお、同病院への通院期間は、平成五年一月二一日から平成六年六月二〇日まで(実通院日数一七八日)である。

(3) 原告の傷害は、頸部痛、左肩痛、左肩・頸可動域制限、両上肢知覚障害、筋力低下等の症状を残し、平成六年六月一三日、症状固定した旨の診断がなされた。

なお、原告の右後遺障害は、自動車損害賠償責任保険手続においては、自動車損害賠償保障法施行令別表に記載する等級に該当しない旨の認定がされた。

(二) 被告らは、本件事故はごく軽微なものであつたから、原告の右症状のうち、第五・第六頸椎間及び第六・第七頸椎間の椎間板突出、脊髄圧迫は、本件事故によるものではなく原告の年齢的要因から生じたものである旨主張し、仮に、本件事故が何らかの影響を与えていたとしても、限定された割合的因果関係しかない旨主張する。

しかし、乙第一号証によると、原告車両は被告車両との衝突後約三・七メートル左前方に走行した後に停止したこと、被告車両は原告車両との衝突後約六・三メートル右前方に走行した後に停止したことが認められ、本件事故の衝突による衝撃がごく軽微であつたとは到底認められず、むしろ、相当程度の衝撃があつたということができる。

また、証人阿部修治の証言、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故後、手足の痺れや首の痛みなどを訴えていること、本件事故前には原告には右のような症状はなかつたこと、本件事故後の治療により、右症状は軽快していること、MRIによる所見により客観的に明らかな第五・第六頸椎間及び第六・第七頸椎間の椎間板突出、脊髄圧迫は、原告の右症状と矛盾するものではないことが認められる。

そして、これらの事実によると、原告の右症状と本件事故との間の因果関係は優に認められ、また、後に認定する後遺障害の程度の範囲においては、限定された割合的因果関係のみを認めるのが相当であるとは解されない。

(三) ついで、被告らは、原告には糖尿病、以前に受けた交通事故による傷害などの既往症があり、原告が本件事故後に訴える右症状にはこれらの既往症が相当程度寄与しているから、原告の右症状と本件事故との因果関係はない旨主張し、仮に、本件事故が何らかの影響を与えていたとしても、限定された割合的因果関係しかない旨主張する。

しかし、糖尿病に関しては、前示のとおり、本件事故前には原告には手足の痺れや首の痛み等の症状はなかつたことが認められる上、証人阿部修治の証言によると、右症状は糖尿病によつて修飾されることはあつても、糖尿病が直接の原因となることはないことが認められる。

そして、これによると、原告の右症状と本件事故との間の因果関係は優に認められ、また、後に認定する後遺障害の程度の範囲においては、限定された割合的因果関係のみを認めるのが相当であるとは解されない。

また、原告が以前に受けたことのある交通事故が一九年以上前のものであることは被告らが自認するところであつて、特段の反証がない限り、本件事故当時の原告の身体の状態には影響を与えることはないと解されるところ、右特段の反証は存在しない。

(四) ところで、原告は、原告の後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表五級二号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、特に軽易な労務以外の労務に服することができないもの)に該当する旨主張し、仮にこれに該当しないとしても、同表一二級一二号(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する旨主張する。

しかし、本件全証拠によつても、右主張を採用することはできず、証人阿部修治の証言、原告本人尋問の結果によると、原告の後遺障害は、同表一四級一〇号(局部に神経症状を残すもの)には未だ該当しないが、これにきわめて近い程度のものであると評価するのが相当である。

なお、自動車損害賠償責任保険手続が、きわめて多数の事案を迅速に処理する必要があるため、同表一四級に該当しない後遺障害に対しては補償しないとすることにはやむをえない一面がある。しかし、後遺障害による逸失利益にせよ、後遺障害に対する慰謝料にせよ、同表の定める等級からその金額が機械的に求められるものではなく、個々具体的な後遺障害の内容、程度から相応する金額が定められるべきものであるから、原告の後遺障害が同表の定める等級のいずれに該当するかという問題は、本質的なものではない。

2  損害

(一) 治療費

乙第四一ないし第四五号証、弁論の全趣旨によると、治療費として金一六三万四七二六円が発生したことが認められる。

なお、右証拠によると、これはいずれも被告らが負担したことが認められ、原告はこれを主張しないが、被告らが主張しているため、ここで認定した次第である。

(二) 入院雑費

前記認定のとおり、原告の入院期間は合計一三六日間であるところ、入院雑費は、原告の主張する一日金一二〇〇円の割合で認めるのが相当である。

したがつて、入院雑費は、次の計算式により、金一六万三二〇〇円である。

計算式 1,200×136=163,200

(三) 休業損害

甲第一五号証の一ないし四、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故当時、西神デパート配送株式会社に勤務し、配送所所長の地位にあつたこと、原告の具体的な労働内容は、配送所全般の事務の総括にとどまらず、現場における配達業務にもしばしば従事していたこと、本件事故当時の原告の年収は金六〇〇万円であつたこと、本件事故のため、原告は、平成四年一〇月一五日(本件事故発生の日)から平成六年六月一三日(症状固定日)までの六〇七日間は休業のやむなきに至り、右期間の収入を断たれたことが認められる。

そして、前記認定の原告の傷害の部位、程度、入痛院期間によると、右期間における休業損害は本件事故と相当因果関係があるというべきである。

したがつて、休業損害は、次の計算式により、金九九七万八〇八二円(円未満切捨て。以下同様。)である。

計算式 6,000,000÷365×607=9,978,082

(四) 後遺障害による逸失利益

甲第一号証、弁論の全趣旨によると、原告は、本件事故当時は満六四歳であつたこと、症状固定時は満六六歳であつたことが認められる。

そして、これと前記認定の原告の後遺障害の内容、程度によると、本件事故時の原告の年収金六〇〇万円を基準にして、原告は症状固定時から八年間にわたつて、労働能力の五パーセントを喪失したものとするのが相当である。

また、本件事故時の現価を求めるため、中間利息の控除は新ホフマン方式によるのが相当であるから(一〇年間の新ホフマン係数は七・九四四九、二年間の新ホフマン係数は一・八六一四)、後遺障害による逸失利益は、次の計算式により、金一八二万五〇五〇円となる。

計算式 6,000,000×0.05×(7.9449-1.8614)=1,825,050

(五) 慰謝料

前記認定の本件事故の態様、原告の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の内容、程度、その他本件に現れた一切の事情を考慮すると、本件事故により原告に生じた精神的損害を慰謝するには、金二八〇万円をもつてするのが相当である(うち後遺障害に相当する分は金八〇万円。)。

(六) 小計

(一)ないし(五)の合計は、金一六四〇万一〇五八円である。

3  過失相殺

争点1に対する判断で判示したとおり、本件事故に対する原告の過失の割合を二五パーセントとするのが相当であるから、過失相殺として、原告の損害から右割合を控除する。

したがつて、右控除後の金額は、次の計算式により、金一二三〇万〇七九三円となる。

計算式 16,401,058×(1-0.25)=12,300,793

4  損害の填補

乙第一九ないし第四五号証によると、原告の損害のうち金一一〇五万五三四六円がすでに填補されていることが認められる。

したがつて、右金額を、過失相殺後の金額から控除すると、金一二四万五四四七円となる。

5  弁護士費用

原告が本訴訟遂行のために弁護士を依頼したことは当裁判所に顕著であり、右認容額、本件事案の内容、訴訟の審理経過等一切の事情を勘案すると、被告らが負担すべき弁護士費用を金一二万円とするのが相当である。

第四結論

よつて、原告の請求は、主文第一項記載の限度で理由があるからこの範囲で認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 永吉孝夫)

別表

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